40代になると、これからの生き方を考える瞬間が増える。
仕事では先が少し見えてくる。
体力の変化も感じる。
家庭やお金のことも、若いころより現実味を帯びてくる。
気づけば、「このまま定年まで働いて、自分の人生はどうなるんだろう」と考えることがある。いわゆるミッドライフクライシスに近い感覚なのかもしれない。でも、自分は40代を人生の下り坂だとは考えたくない。むしろ、ここから面白くなる可能性だってある。
これまで全盛期なんてなかった。
若いころから特別に輝いていたわけでもない。
仕事で圧倒的な成果を出したわけでも、何かを成し遂げたわけでもない。
そう感じている人でも、全盛期をこれから作ることはできる。全盛期は、過去に置いてくるものとは限らない。
この記事では、40代からの生き方を考えるうえで、自分が大事にしたい考え方をまとめてみる。
結論はシンプルだ。
今まで全盛期がなかったなら、これから作ればいい。
全盛期は、まだ先にある。
運営者のSOSSUです。
アラフォー会社員です。
Fラン卒→就活失敗→フリーター・ニート期を経て、いまはプライム上場企業でECサイト運営をしています。
朝5時台に起きて、筋トレと副業ブログを約3年継続中。
会社の人間関係お金や将来にビビり散らかしてきた側の人間として、「会社だけに人生を握られないように少しずつ人生の主導権を取り戻す」ための考え方や行動を発信しています。
サイドFIREを目標に日々を積み重ねています。現在世帯資産約2,500万。
ふと、この先の生き方を考えてしまう瞬間がある
ある程度人生を歩いてくると、残り時間を少し現実的に考える瞬間がある。
20代のころは、よくわからないまま走っていても何とかなった。30代は仕事や家庭に追われて、気づいたら過ぎていた。そして40代に入るころには、ふと立ち止まる瞬間が出てくる。
今の会社でこのまま働き続けるのか。
定年まで同じような毎日を繰り返すのか。
体力はこの先どうなるのか。
自分の人生に、まだ楽しみは残っているのか。
そういう問いが、一気に押し寄せるというより、日常の中でふと顔を出す。
朝の通勤中だったり、仕事帰りの電車だったり、休日の夜だったりする。普通に生活しているのに、心のどこかで「このままでいいのか」と思ってしまう瞬間がある。
若いころに思い描いていた人生とは違う。かといって、今の人生が完全にダメなわけでもない。ただ、このまま何となく年を重ねていくことに、少し引っかかりがある。
その感覚は、たぶん珍しいものではない。
年齢を重ねると、若さだけで押し切る時期ではなくなってくる。だからこそ、これからの生き方を考えざるを得なくなる。でも、それは「もう遅い」と落ち込むための時間ではない。
これからの自分を、どう育てていくか。40代からの生き方を考えるとは、そこに向き合うことだ。
全盛期が過去にあるとは限らない



年齢を重ねると、「全盛期」という言葉を少し遠く感じることがある。
若さ、体力、勢い、吸収力。そういうものを基準にすれば、若いころの方が有利な場面はある。でも、人生全体をそれだけで決めるのはもったいない。
そもそも、自分には全盛期なんてなかった。そう感じている人もいるはずだ。
学生時代に特別輝いていたわけでもなく、20代で大きな成果を出したわけでもない。30代で理想の人生を手に入れたわけでもない。気づけば年齢だけは重ねていて、「自分のピークって、どこにあったんだろう」と考える。
でも、全盛期がまだ来ていない人だっている。
体力のピーク、仕事のピーク、趣味のピーク、人生を楽しむ力のピーク。これらが全部同じ時期に来るとは限らない。若いころにしか出せない良さはある。
一方で、年齢を重ねたからこそ出せる深さもある。
全盛期は、人生のどこかに用意されているものじゃない。自分で更新していくものだ。
今まで全盛期がなかったなら、これから作ればいい。そのくらいの感覚でいた方が、人生は面白い。
年齢を重ねても、創り続ける人がいる
年齢を重ねても、全盛期を過去にしない人がいる。
自分がその代表として思い浮かべるのが、リドリー・スコットとクリント・イーストウッドだ。
2人とも、普通に考えればとっくに引退していてもおかしくない年齢だ。それでも、今も映画を撮り続けている。しかも、過去の栄光にすがっているわけではない。年齢を重ねたからこそ出せる重みがある。経験を積んできた人間にしか出せない視点がある。
彼らは世界的な巨匠なので、普通の会社員である自分たちと同じように語るのは乱暴かもしれない。それでも、あの姿を見ると少し背筋が伸びる。
自分よりはるかに年上の人が、まだ創る側にいる。そう考えると、40代で老け込んでいる場合じゃない。
人は年齢だけでは老けない。
創ることをやめた時に、老けるのだと思う。
「年を取る=老け込む」ではなく、「年齢を重ねたからこそ深くなる」という感覚は、リドリー・スコットとクリント・イーストウッドを見ていると伝わってくる。
こちらの記事も、あわせて読んでもらえるとうれしい。
40代半ばからでも、第2章に入る人がいる
プロ格闘ゲーマーのパイオニア、ウメハラ。
全盛期を過去にしないという意味で、ウメハラの存在も自分にとっては外せない。格闘ゲームの世界で、45歳を過ぎても戦い続けている。しかも、ただ昔の名前で続けているわけではない。
負けたら引退も考えていたという超大一番である獣道。その後のウメハラは、自分の中で見え方が変わった。自分のプレイを見直し、考え方を変え、若いプレイヤーとも向き合っていく。
それは、過去の全盛期にしがみつく姿ではなかった。
会社員として働いていると、何となく先が見えた気になることがある。
この会社では、自分はこのくらい。出世も評価も、だいたいこの先のラインが見えている。今さら新しいことを始めても遅い。そんなふうに、自分の可能性を会社の中だけで測ってしまう瞬間がある。
でも、人生は会社の評価だけで決まらない。
仕事以外の場所で、自分の第2章を作ることもできる。ブログでも、筋トレでも、学び直しでも、資産形成でもいい。第2章は、誰かが用意してくれるものじゃない。自分で始めるものだ。
「まだ第2章に入れる」と思わせてくれたのが、獣道後のウメハラだった。40代からの変化に興味がある人には、こちらの記事も目を通してみてほしい。



未来の自分を育てるには、積み上げるしかない
全盛期をこれから作るといっても、いきなり人生が変わるわけではない。
朝起きたら別人になっているわけでもない。結局は、少しずつ積み上げるしかない。筋トレも資産形成も、今日やって明日すぐ結果が出るものではない。
1回ジムに行っただけで体は変わらないし、1ヶ月積み立てただけで人生が変わるわけでもない。
でも、続けていると少しずつ変わる。
扱える重量が上がる。体力がつく。見た目も変わってくる。資産も同じで、毎月少しずつ積み立て、生活を整え、時間を味方につけていく。
派手さはない。
でも、数年後の自分を助けてくれる。
全盛期を更新するというと、何か大きな挑戦をしなければいけないように聞こえる。
でも実際には、もっと地味な行動の先にある。
今日の食事を少し整える。
少しだけ体を動かす。
本を読む。
ブログを書く。
積立を続ける。
早く寝る。
そういう小さな行動は、その場ではほとんど変化に見えない。
でも、半年後、一年後、数年後の自分には残る。体調、知識、筋肉、資産、生活リズム。どれも一気には変わらないけれど、積み上げた分だけ未来の自分を助けてくれる。今日の積み上げは、未来の自分への先払いだ。
40代から全盛期を作るなら、まずは未来の自分に残るものを積み上げたい。筋肉と資産は、そのわかりやすい例だ。
人生はRPGだ。今からでも上げられるステータスはある
40代からの生き方を考えるなら、人生をRPGのように見るのも面白い。
最初からレベル99で始まって、年齢とともに少しずつ弱くなっていくゲームなんて、たぶん誰もやりたくない。でも、現実の人生をそう考えてしまうことはある。
若いころがピークで、ここからは体力も気力も落ちていくだけ。新しいことを始めるには遅いし、今さら自分を変えるのは難しい。そう思ってしまうと、人生はつまらなくなる。
でも、年齢を重ねても上げられるステータスはある。
体力を戻すこともできるし、知識を増やすこともできる。資産を積み上げたり、趣味を深めたり、会社以外の選択肢を育てたりすることもできる。
全部を一気に上げる必要はない。
大事なのは、人生を「下がっていくだけのゲーム」にしないことだ。年齢とともに落ちるものはある。でも、今からでも上げられるものはある。
人生は、経験値を稼ぐのをやめた瞬間からつまらなくなる。自分のキャラをどう育てるかは、まだ選べる。
この感覚をもう少しラフに広げたのが、こちらの記事だ。
「本当の挑戦はこの先にある」という考え方
この「全盛期はまだ先にある」という感覚に、すごく近い本がある。
『7つの習慣』の著者、スティーブン・R・コヴィーの遺作。(最終的には娘のシンシアが父の遺志を継ぎ完成させた)
『7つの習慣という人生「クレッシェンド」本当の挑戦はこの先にある』だ。
この本は、ずっと頭の片隅に残っていた。
細かい内容を一言一句覚えているわけではない。
それでも、この副題だけは忘れられない。
本当の挑戦はこの先にある。
この言葉には、「全盛期を過去にするな」という静かな迫力がある。
若いころがピークだった。
もう自分の全盛期は過ぎた。
ここから先は、少しずつ守りに入っていくだけ。
そうやって自分の人生を小さく畳もうとした時、この言葉は待ったをかけてくれる。
まだ終わっていない。
むしろ、大事な挑戦はこの先にある。
この考え方は、きれいごとではない。
年齢を重ねれば、できなくなることは増える。若いころのように無茶はできないし、体力も時間も無限にはない。それでも、人生の後半だからこそできることがある。
経験してきたからこそ、渡せるものがある。失敗してきたからこそ、選べる道がある。若いころには見えなかったものが、今なら見えることもある。
「全盛期はまだ先にある」というのは、20代の自分に戻ろうという話ではない。
今の自分だからこそ作れる全盛期を、これから育てていくという話だ。
40代からの生き方を考えている人。
自分のピークはもう過ぎたと感じている人。
これからの人生を、消化試合にしたくない人。
そういう人には、一度目を通してみてほしい。
40代からの生き方は、全盛期を更新していくこと



40代からの生き方を考えるとき、自分が大事にしたいのは「全盛期を過去にしない」という感覚だ。
昔はよかった。
若いころの方が楽しかった。
自分のピークはもう過ぎた。
そう考えるのは簡単だ。
過去には過去の良さがある。若いころにしかできないこともあるし、あの頃だから楽しかった時間もある。
でも、これからの人生を消化試合にする必要はない。
全盛期は、過去に固定されているものではない。
昔より体力が落ちたなら、今の自分に合った鍛え方をすればいい。会社で先が見えてきたなら、会社以外の選択肢を育てればいい。何かを始めるには遅いと思うなら、小さく始めればいい。
40代からの生き方は、派手な成功を目指すことだけではない。
体を整え、知識を増やし、資産を積み上げる。趣味を深めたり、創る側に回ったり、会社以外の世界を持ったりする。そうやって、少しずつ自分を更新していくことだ。
年齢を重ねることは、弱くなることだけではない。
深くなることでもある。
選べるようになることでもある。
余計なものを削って、自分に必要なものを育て直すことでもある。
全盛期は、過去を懐かしむ人には訪れない。
未来を育てる人のところへ来る。
全盛期は、まだ先にある。
そう思って生きる方が、人生は面白い。















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