【新着】「努力できない」と悩んでいた私が、努力する人生の方が楽だと思う理由

AI時代に必要なスキルなんてない。シンギュラリティ前夜に必要なのは「哲学」と「筋トレ」だ

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夕暮れの都市を歩きながら未来を見つめる会社員
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先日の労組の飲み会で、酔った勢いで「不老と不労の時代が来る」と熱弁してしまった。最初は冗談だと思われて笑われたので、「いや、これマジなんですけど」「イーロン・マスクも似たようなこと言ってますよ」と、だんだんムキになってきた。

今思えば、酒の席でいきなり不老不労を語り出す40歳会社員の方がだいぶ怪しい(笑)。

でも、自分の中ではもう完全なSFの話ではなくなっている。最近は「自分が生きている間に間に合うのか?」ではなく、「親の世代に間に合う可能性はないのか?」と考えるようになってきた。

この記事を書いた人

運営者のSOSSUです。

アラフォー会社員です。
Fラン卒→就活失敗→フリーター・ニート期を経て、いまはプライム上場企業でECサイト運営をしています。

朝5時台に起きて、筋トレと副業ブログを約3年継続中。
会社の人間関係お金や将来にビビり散らかしてきた側の人間として、「会社だけに人生を握られないように少しずつ人生の主導権を取り戻す」ための考え方や行動を発信しています。

サイドFIREを目標に日々を積み重ねています。現在世帯資産約2,500万。

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10年前に聞いた「不老と不労」が、急に現実の話になってきた

シンギュラリティという言葉を初めて意識したのは、10年ほど前だった。楽天のカンファレンスで、スーパーコンピューター開発で知られる齊藤元章さんの講演を聞いた。そこで語られていたのが、AIが人間の知能を超えていくシンギュラリティと、その先にある「不老」と「不労」のような未来だった。

当時の自分にとっては、面白いけど遠い未来の話だった。「そんな世界になったらすごいな」くらいだったと思う。

それから約10年。今ではChatGPTやGeminiのような生成AIを、仕事でもプライベートでも当たり前に使っている。

仕事の相談をしたり、ブログの記事を一緒に考えたり、ときにはゲームをする予定だった時間まで潰して、AIと未来の話をしている。10年前に聞いていたSFに、こっちから近づいているような感覚がある。

※ここからは2026年9月時点で確認できる研究や発表をもとに書いています。将来予測については、自分個人の予想です。

しかも、調べてみると話はAIだけではなかった。

2026年6月、Google DeepMindはその名も「From AGI to ASI」という研究報告を公開した。そこではAGI(汎用人工知能)が、かつての遠い空想から、大手AI組織が次の10年で目指す具体的な目標になったとしたうえで、AGIからASI(人工超知能)へ進む4つの経路まで検討している。

もちろん、これで「来年AGIが完成する」と決まったわけではない。ただ、自分は今のAIの進化を見ていると、2027年あたりにAGIと呼べるものが出てきても、もう驚かないと思っている。

これは専門家のコンセンサスではなく、あくまで自分の予想だ。

そして個人的に、AI以上に衝撃だったのが老化研究だった。細胞の状態を若い方向へ戻そうとする「部分的リプログラミング」は、ついに人間での臨床試験に入っている。

Life Biosciencesの「ER-100」は、山中因子のうちOCT4・SOX2・KLF4という3因子を使った遺伝子治療で、2026年6月には視神経疾患を対象に最初の被験者への投与が始まった。

まだPhase 1で、安全性や忍容性などを調べている段階だ。「若返りが実現した」なんて話ではまったくない。それでも、細胞をより若い状態へ戻そうという研究が、人間で試されるところまで来た。

さらに面白いのが、AIと長寿研究が別々に進んでいるわけではないことだ。

Google DeepMindの「Co-Scientist」は、老化研究に関する膨大な文献から20以上の新しい候補因子を提案し、その一部は細胞レベルの実験で、細胞をより若い状態へ動かす結果が確認されたという。大規模な実験データの解析も、数か月単位から数日へ短縮している。

AIによる標的探索を経て開発されたInsilico Medicineのrentosertibも、2026年9月には特発性肺線維症(IPF)を対象とするPhase 3で、最初の患者への投与が始まった。

一つひとつは、まだ研究や臨床試験の途中だ。でも、こういうものを調べていくと、

「これ、思ってたよりだいぶ早くない?」

となる。10年前は「自分が生きているうちに見られたら面白いな」だった。今は、自分についてはかなり楽観的に考えている。

むしろ気になるのは親の世代だ。自分ならあと10年、20年と健康を維持しながら待てると思っている。でも親の世代には、そんなに長い時間があるわけではない。

だから最近は、新しい研究を見ると「すごいな」だけではなく、「これ、間に合わんかな」と思うようになった。調べれば調べるほど、自分の中では遠い未来の話ではなくなってきた。

だから酒の席でムキにもなるのである。

「AI時代に必要なスキル」を考えること自体、もう古いのかもしれない

ここまでAIが進化するなら、当然考えることがある。「これから何を身につければいいんだろう?」

プログラミングなのか。マネジメントなのか。文章力なのか。AIを使いこなすスキルなのか。いわゆる「AI時代に必要なスキル」というやつだ。

でも、本当にASIまで行くなら、話はちょっと変わってくる。プログラミングも、文章も、企画も、専門知識も、人間よりAIの方が上になるかもしれない。それどころか、「AIを使いこなす能力」までAIの方が上手になるんじゃないか。

人間が一生懸命プロンプトを工夫して、ASIから能力を引き出している未来を想像すると、なんだかおかしい。それほど人間にうまく指示されないと動けないなら、それはまだASIではない気がする。

「AI時代に必要なスキルは何か?」という問いそのものが、シンギュラリティまでの短い期間だけ成立する問いなのかもしれない。

もちろん、だから何も勉強しなくていいとは思わない。自分だって今もブログを伸ばしたいし、副業にも取り組んでいる。資産形成を続けて、サイドFIREも狙っている。

AGIができた翌月から会社がなくなって、銀行口座にベーシックインカムが振り込まれるわけではない。技術がどれだけ進化しても、制度や会社や社会が変わるには時間がかかるだろう。

だからNISAもするし、副業もする。ただ、それらは「一生安泰になるための正解」というより、そこまでの過渡期を自分の足で生きるためのものになってきた。

自分は20代の頃、就職がうまくいかずフリーターになり、ブラック企業も経験して、そこから職業訓練でWebを学んだ。短期だけ見れば失敗だったことはいくらでもあるけど、遠回りも込みで自分の人生だ

だから、未来の正解スキルを当てることに必死になるより、心が動くものがあるならやってみればいいと思っている。正解を選ぼうとするんじゃなくて、自分が選んだ道をあとから正解にしていけばいい。

どうせ数年後には、ゲームのルール自体が変わっているかもしれないのだから。

仕事までなくなったら、人間は何をするんだろう

さらに先まで考えると、もっと変な話になる。本当にASIが人間より知的な仕事をうまくこなし、ロボットまで普及したら、

「AIに仕事を奪われないためには?」ではなく、

「そもそも、人間は働かなくてよくなるんじゃないか?」

という話になる。

自分はこの未来を、それほど怖いとは思っていない。会社の役職がなくなったら自分が何者か分からなくなる、という感覚もあまりない。

映画を観たい。ゲームもしたい。本も読みたい。子どもと遊びたい。母親にも会いに行きたい。うまいものも食べたいし、スーパー銭湯にも行きたい。

普通にやることいっぱいあるやん、と思う(笑)。

ただ、生活のために働く必要が本当になくなったら、今よりずっと多くの人が別の問いにぶつかる気はする。「じゃあ、自分は何をして生きたいんだ?」

古代ギリシャでは、奴隷が労働を担っていたことで、一部の自由市民には「働かなくてもいい時間」があった。そうした余暇の中で、哲学も発展していった。

もちろん、古代ギリシャとAI・ロボット社会を同じように考えるのは極端だけど、「生活のために働かなくていい人間が、人生そのものについて考え始める」という点では、少し似ている気がする。

そのうち人類総哲学者時代が来るのかもしれない(笑)。「今日の会議資料をどう作るか」ではなく、「そもそも俺、何して生きたいんだっけ?」を考える時間だけは、腐るほどある。

だから「哲学」だ。

といっても、プラトンやアリストテレスを勉強しろという話ではない。自分が言っているのは、もっとざっくりした「そもそも論」だ。

「正解を知ること」より、「そもそも何を問いにするのか」を考える。AIが答える能力で人間をどんどん追い越していくなら、少なくとも今は、こっちの方が大事なんじゃないかと思う。

以前、元同僚とスポーツバーで飲んでいたとき、「何歳まで働きます?」という話になった。その人たちは自分より一つ年下で、家を買って35年ローンを組んでいた。

自分が「俺、50まで働かないっすよ」と言ったら、かなり驚かれた。でも自分からすると逆だった。

そもそも、なんで定年まで働く前提なんだろう?

もちろん、35年ローンを組むことが悪いわけでも、定年まで働く人生が間違っているわけでもない。ただ、自分の人生の可能性を、今ある社会の形だけで全部決めなくてもいいと思う。

「AI時代に必要なスキルは?」と聞く前に、「そもそも、人間が今と同じようにスキルで競争し続けるの?」と考えてみる。

これが、自分の言う哲学だ。

そしてもう一つが、筋トレ。ここまで壮大な話をしておいて筋トレかよ、という感じだが、筋トレでいい(笑)。

最近、老化研究を調べるようになって、むしろ健康への意識は前より上がった。もし10年後、15年後に本当に大きな医療革命が起きるなら、そこまで健康でいたい。そして何より、何も起きなかったとしても筋トレした分は今の自分に返ってくる。

身体は変わるし、体調もいい。重量が上がれば嬉しいし、懸垂が一回増えても嬉しい。今の自分にとって、これほど分かりやすく右肩上がりを感じられるものも少ない。

以前、筋トレと資産形成はよく似ていると書いたけれど、どちらも未来の自分へ少しずつ積み立てる行為だと思っている。

別に「筋肉だけはASIにも奪えない!」と言いたいわけではない。将来、ボタン一つで若く健康になれて、いい身体になって、運動後の爽快感や睡眠の質まで全部手に入るなら、たぶん自分は普通にそのボタンを押す。筋トレという苦労そのものを愛しているわけではない(笑)。

だから「哲学と筋トレ」も、人類に永遠に必要なものだとは思っていない。本物のASIが来れば、哲学だってAIの方が上手になるかもしれない。医療が進めば、健康のための筋トレすら必要なくなるかもしれない。

でも、まだそこには到達していない今なら、この二つは悪くない。身体を整えて、未来まで生きる。そして、社会の前提が猛烈な勢いで変わる中で、「そもそも」を考える。

だから自分は、ASI時代ではなく、シンギュラリティ前夜に「哲学」と「筋トレ」がいいと思っている。

AIが自分より文章を書けるなら、ブログを書く意味はあるのか

ここまで考えていると、当然、自分のブログにも話が返ってくる。AIが人間より文章を書くのが上手くなったら、自分がブログを書く意味はあるんだろうか。

実際、もう文章の構成や言語化では、AIにかなり助けてもらっている。SEOだけ考えれば、この先AIが検索結果そのものに答えるようになって、個人ブログへの検索流入がもっと減る可能性もある。

じゃあ、ブログを書く意味はなくなるのか。最近は、そうでもないと思っている。

自分はAIと話しながら、「いや、それは違う」「そこまで深い話じゃない」「俺はむしろこう思う」と何度も返している。そうやって考えているうちに、自分でも気づいていなかった考えが言葉になっていく。この作業が普通に面白い。

この記事だってそうだ。最初は「ASI時代に必要なのは哲学と筋トレじゃね?」くらいの思いつきだった。そこからAIと話して、長寿研究を調べて、自分の仕事観やサイドFIRE、20代の遠回りまで振り返った。

仮にこの記事への検索流入がゼロだったとしても、考えた時間までゼロになるわけではない。

最近、自分はブログについて、「検索流入がゼロになっても、書いた時間までゼロにならない記事を書きたい」と思っている。

AIより上手な文章を書くためにブログをやる必要はない。AIにできないことを探して、人間の価値を証明する必要もない。

だって、AIは自分じゃないんだから。

自分が考えたいから考える。書きたいことがあるから書く。それでいい。

未来がどうなるかなんて分からない。2027年にAGIが来るかもしれないし、来ないかもしれない。ASIもリバースエイジングも、自分が思っているよりずっと時間がかかるかもしれない。

でも自分は、この先の未来をかなり楽しみにしている。健康を保って、家族との時間を大事にして、映画を観て、ゲームをして、資産も作っておく。

10年前、シンギュラリティの話を聞いて「そんな未来が来たら面白いな」と思っていた。まさか10年後、AIを相手に何時間も話しながら、自分の仕事や人生について考えて、それをブログに書いているとは思わなかった。

この先、AIがどこまで賢くなるのかは分からない。人間より上手に文章を書いて、映画を作って、研究をして、哲学までやるようになるかもしれない。

それでも、自分が何にワクワクして、何に違和感を持って、何を考えたいのかまでAIに決めてもらう必要はない。

ブログだって同じだ。

AIより上手な文章を書くために書いているわけじゃない。

人間にしか書けないから書くんじゃない。

自分が書きたいから書くんだ。

――なお、この記事の大部分はAIに書いてもらった。

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