33歳の夏、私はまだ正式な内定通知も届いていない会社への転職を、両家の顔合わせで話していた。
「近いうちに、しっかりした会社へ転職する予定です」
そんなことを、結婚相手のご両親に話したのだ。あとから聞くと、お義母さんは半信半疑だったらしい。そりゃそうだ。まだ正式に採用が決まったわけではなかったのだから笑
ただ、まったく根拠のない話でもなかった。面接の数日後、転職エージェントの担当者から、ほぼ採用に向かっているという趣旨の連絡をもらっていた。私自身も、9割方決まったものと思っていた。
そして面接から約2週間後、本当に内定通知が届いた。しかも、そこに書かれていた給与条件は、想像していた以上に良かった。新卒での就職に失敗し、フリーターやブラック企業を経験してきた私にとって、これは人生の大きな転機だった。
今回は、当時利用した転職エージェント2社と求人サイト、そして実際に受けた3社の面接について振り返ってみたい。一番手厚くサポートしてくれたエージェントでは不採用になり、ほとんどサポートを受けなかった方で内定が決まった。そんな、私自身の転職体験談である。
33歳、5年間勤めた会社から転職を決めた理由
当時の私は、ECサイトを運営する中小企業で働いていた。約5年間勤め、ECショップの運営を任されるようになり、役職も一つ上がっていた。それなりに仕事はできるようになったと思う。ただ、労働環境には問題が多かった。
そもそもECサイト運営の仕事として入社したはずなのに、倉庫作業や引越し業者並みの肉体労働まで頻繁にこなしていた。離職率も高く、上層部には昭和の体育会系を絵に描いたような人たちがいた。
仕事を効率的に回す仕組みを作るというよりも、個人のスキルと根性で何とかする。そんな職場だったと思う。
しかも、給料が安い。当時はかなり残業していたのに、年収は320万〜330万円程度だった。
30歳を過ぎた頃から身体の疲れが抜けなくなり、いつも疲労感があった。これから結婚することも考えると、経済的にも体力的にも、この働き方を続けるのは厳しいと感じていた。
もっとも、あの会社で働いたこと自体は後悔していない。今振り返ると、仕事のスキルという意味では、あの5年間が一番成長できた時期だったかもしれない。馬車馬のように働いたおかげで、EC運営に関するさまざまな経験を積めたのは事実だ。今の会社の仕事を比較的楽に感じられるのも、当時の経験があるからだと思う。
ただし、もう一度あの働き方をしろと言われたら、絶対に無理だ。
経験を積めたことには感謝している。でも、だからといって、あの労働環境が良かったとは思わない。成長にも限界を感じていたし、何より結婚を控えていた。
そろそろ環境を変える必要がある。そう考えて、本格的に転職活動を始めた。
転職エージェント2社と求人サイトで、3社の面接を受けた
当時利用したのは、転職エージェント2社と求人サイトのFind Job!だ。面接まで進んだ企業は合計3社。Find Job!経由で1社、エージェント経由で2社だった。
※Find Job!は当時利用していた求人サイトで、現在はサービスを終了している(公式の終了告知)。
ちなみに当時の私は、給与や労働条件だけで転職先を選んでいたわけではない。将来的にはフリーランスになりたいという野望もあり、もっとWEB制作やクリエイティブなスキルを伸ばしたいと考えていた。
Find Job!で出会った、魅力的なデザイン会社
Find Job!では、あるデザイン会社からスカウトメールが届いた。スカウトメールには、機械的に大量送信しているようなものもある。でも、そのメールは、きちんと私の経歴を見て送ってくれたように感じた。
会社自体も魅力的だった。自社で展開しているアパレルブランドがおしゃれで、クリエイティブな仕事をしている雰囲気が伝わってきた。
応募したのは、ECサイトのコーディングを中心とした運営職。直接デザインを担当する仕事ではなかったけれど、そういう会社に身を置くことで、自分のスキルも磨かれるんじゃないかと期待していた。
面接の感触も悪くなかった。ただ、結果は不採用。技術力が足りなかったようだ。残念だったけれど、納得できる理由でもあった。
実はその後、現在の会社に転職して仕事が暇で悩んでいた頃、ふと思うことがあった。
「あのデザイン会社に受かっていたら、今頃どうなっていたんだろう」
もちろん、実際に働いていたら別の悩みがあったのかもしれない。クリエイティブな現場で働くことには魅力を感じていた一方、当時の私は、これ以上のハードワークに耐えられるのかという不安も抱えていた。それでも、もう一つの人生を想像することはあった。
もう一社のエージェントは、かなり動いてくれた
もう一社の転職エージェントでは、初回にオフィスまで出向いてカウンセリングを受けた。求人をいくつか紹介してもらい、電話で面接練習もしてもらった。
その面接練習で、今でも印象に残っていることがある。「質問されたことに対して、的確に回答できている」そんな評価をもらったのだ。当たり前のことのように思えるけれど、聞かれたことに正確に答えるのは、意外とできない人も多いらしい。
ただ、肝心の面接は散々だった。このときも仕事帰りに駅でスーツに着替えて、面接会場へ向かった。ところが、会場には対面の面接官だけでなく、モニター越しにオンライン参加している人たちもいた。
その人たちが、なんだか険しい表情をしていたのを覚えている。私はすっかり緊張してしまい、全然うまく話せなかった。
結果は不採用。緊張したことだけが原因だったのかは分からない。ただ、あの日は自分の力を十分に出せなかったという実感がある。
内定につながったdodaでは、求人を自分で見つけた
そして、もう一方のエージェントがdodaだった。実は、こちらでは担当者に手厚く支援してもらった記憶がほとんどない。内定につながった求人も、担当者から紹介されたものではなく、エージェント向けの求人サイトで自分で見つけたものだった。
一般の求人サイトでは見かけなかった求人で、応募した3社の中でも条件が一番良かった。ただ、私はその求人を見たとき、正直こう思っていた。
「いや、こんな会社、自分には無理だろう」
会社の規模も大きいし、給与や待遇も良い。それまでの学歴や職歴を考えると、自分には縁のない会社のように感じていた。
それでも、応募するだけならできる。どうせ書類選考で落ちるだろうけど、ダメ元で出してみよう。そんな気持ちだった。ところが、思いがけず書類選考を通過した。
担当者からは、面接についても事前情報をもらっていた。二次面接まである可能性があるものの、忙しい部長が一次面接に同席すれば、その1回で終わるかもしれないという話だった。
実際に当日は部長も同席し、結果として面接は1回だけだった。そして、この面接が忘れられないものになった。
真夏の面接。「どうせ無理」から「これは受かったかも」へ
面接の日は、真夏だった。勤めていた会社を18時過ぎに出て、駅のトイレでスーツに着替えた。そのまま面接会場まで急いだものだから、到着した頃には尋常じゃないくらい汗だくだった。今思い返しても、なかなかひどい状態だったと思う笑
そんな私を見て、先方は椅子を用意してくれた。少し休んで落ち着いてから面接に臨めるよう、気遣ってくれたのだ。その対応が、妙にありがたかった。



おかげで緊張がほぐれ、面接では驚くほど自然に受け答えができた。結婚を考えているけれど、今の給料では経済的に厳しいこと。以前、ブラック企業を短期間で退職したこと。そして、そんな経験も今の自分の糧になっていると思っていること。
変に格好をつけず、率直に話すことができた。前職で積んだEC運営の経験についても話した。ECモールの運営経験などは、先方にも評価してもらえたように感じた。
当時33歳だった私は、もう若くないという意識があった。でも、先方からすると、まだ若い人材という受け止め方だったようだ。自分が気にしていたことと、相手が見ている部分は案外違うのかもしれない。
そして、面接を終えたとき。私は「これ、受かったんじゃないか?」と思っていた。
面接官の表情や受け答えの温度感が良かったし、最後には履歴書の住所欄に誤記があることまで、こっそり教えてくれた。もちろん、親切にしてくれたからといって、内定が出るとは限らない。でも、あの場の雰囲気には、これまでの面接とは違うものを感じた。
アルバイトの面接まで含めても、あれほど手応えがあったことは初めてだったかもしれない。同じように仕事帰りに駅でスーツへ着替えて向かった面接なのに、前回とはまるで違った。
面接官との相性もあったと思うし、それまで積んできた経験が、たまたま先方の求めるものと合っていたのかもしれない。ただ一つ言えるのは、あの日の私は、かなり自分らしく話せていたということだ。
面接1回で内定。想像以上だった給与条件
面接から数日後、dodaの担当者から連絡があった。正確にどんな言葉だったかは覚えていないけれど、採用に向けてかなり前向きに進んでいる、という趣旨の内容だった。私自身、その時点でほぼ決まったような感覚だった。ただ、正式な内定通知が届いたわけではないので、最後まで確定とは言えない。
そんな微妙なタイミングで、両家の顔合わせがあったのだ。
そこで私は、もうすぐ条件の良い会社へ転職する予定だという話をした。今思えば、ちょっと気が早かったかもしれない。でも、面接の手応えもあったし、エージェントからも前向きな連絡が来ていたので、それなりに自信があったのだと思う。
そして、面接から約2週間後に正式な内定通知が届いた。特に驚いたのが、書面に記載されていた給与条件だ。
前職では、かなり残業しても年収320万〜330万円ほど。それが転職先では、残業をしなくても前職の年収を大きく上回る条件だった。
単に給料が上がるだけではない。それまで残業を重ねてようやく得ていた収入を、もっと少ない労働時間で上回れるのだ。正直、めちゃくちゃうれしかった。
今思えば、前職の給料が低すぎたという面もある。でも、当時の私にとっては本当に大きな出来事だった。私は長いこと、収入の低い立場にいた。それだけに、世間一般並みの待遇で働けるようになるだけでも、相当な喜びだった。
何より、「まさか自分がこんな会社に入れるとは」という驚きが大きかった。後日、正式に内定が決まったことを結婚相手の家族にも報告した。半信半疑だったお義母さんも、とても喜んでくれた。
ちなみに、今回の転職では、より手厚く動いてくれたエージェント経由の選考は不採用だった。一方、dodaでは、求人を自分で探して、必要な選考情報や連絡を受けながら、短期間で内定が決まった。エージェント側からすれば、企業とのマッチングがうまくいった、なかなか効率の良い仕事だったのかもしれない笑。
ただ、私にとっては、一般の求人サイトでは出会えなかった求人を見つけられたことが大きかった。だから、エージェントはサポートが手厚ければ手厚いほど良い、とは一概に言えないと思っている。
どれだけ支援してもらっても、最後に採用を決めるのは企業だ。応募者の経験や能力だけでなく、相性やタイミングも関係してくる。私の場合は、いろいろな条件がうまく噛み合ったのだろう。
これは当時の私の経験で、現在の求人やサポート内容は変わっている。dodaが気になる方は、今の求人やサービス内容を公式サイトで確認してみてほしい。
ホワイト企業へ転職して分かったこと。人生の軸は会社の外にも作れる
こうして私は、33歳でそれまでとはまったく違う労働環境の会社へ転職することになった。入社して最初に思ったのは、「こんなに楽でいいの?」ということだった。
前職では、長時間労働や肉体労働が当たり前。それが、新しい会社では仕事の進め方も負担もまったく違った。個人の根性に頼るのではなく、仕組みで問題を解決しようとする考え方がある。組織が大きい分、面倒な調整業務も多いけれど、働き方は確実に改善した。
転職後の働き方や、待遇とやりがいの違いは、ホワイト企業で働いて感じたメリット・デメリットにも書いた。
ただ、意外なことに、最初はその環境に戸惑ってしまった。仕事が暇なのだ。
私は、適度に忙しいくらいが精神的に一番いいと思っている。暇だと時間が過ぎるのが遅いし、余計なことまで考えてしまう。
「自分は成長できていないんじゃないか」
「もし異動になったら、ちゃんとついていけるんだろうか」
待遇には満足しているのに、そんなことを考えて悩む時期があった。仕事が忙しすぎてもつらいけれど、暇なら暇で別の悩みが生まれる。人間、なかなか勝手なものだと思う。
この「暇なのに疲れる」という感覚は、周りが忙しいのに自分だけ暇なときの気まずさについて書いた記事でも触れている。
その後、あるとき考え方が変わった。そもそも、会社に自分を成長させてもらおうと思うのが違うんじゃないか。
残業が少ないなら、空いた時間を自分のために使えばいい。そう考えて、読書や筋トレ、副業など、会社の外での活動に力を入れるようになった。さらに資産形成を続けるうちに、サイドFIREという目標も、少しずつ現実的なものとして考えられるようになってきた。
もちろん、仕事で成長できるなら、それに越したことはない。でも、会社の仕事が面白いかどうかや、上司に評価されるかどうかで、自分の人生の価値まで決まるわけではない。今は、そんなふうに考えられるようになった。
ちなみに、あのデザイン会社に受かっていたらどうなっていただろうと、今でもたまに想像することはある。ただ、もし当時両方から内定をもらっていたとしても、私は今の会社を選んでいただろう。結婚を控えていたし、身体にも限界を感じていた。
今は子どもも生まれ、家族と過ごす時間や、自分の健康、資産形成の大切さを以前より実感している。あの転職がなければ、今の生活はどうなっていただろう。少なくとも、これほど余裕を持って会社の外の活動に取り組むことは難しかったと思う。
転職すれば、すべての悩みが解決するわけではない。実際、私も仕事のつまらなさにはずいぶん悩んできた。それでも、あの転職をして良かったという気持ちは変わらない。
あの夏に手に入れたのは、条件の良い職場だけではなかった。会社の外にも人生を広げられるだけの余裕だったのだと思う。
その価値に気づくまでには、少し時間がかかったけれど。











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