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引退を考えていたウメハラは、なぜ45歳で第2章に入ったのか。獣道後の言葉に、僕らが希望をもらう理由

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引退を考えていたウメハラは、なぜ45歳で第2章に入ったのか。獣道後の言葉に、僕らが希望をもらう理由
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最近、昔みたいに何かに強く痺れることが減った気がする。

年齢のせいなのか、仕事や家庭のことで頭がいっぱいだからなのかはわからない。
ただ、若い頃みたいに、心を持っていかれるような熱いものに触れる機会は、たしかに少なくなった。

そんな中で、久しぶりに痺れた。

ウメハラの獣道だ。

自分は昔からウメハラを追ってきた。
だから今回の勝負も当然見ていたんだけど、終わってみると、ただの試合を見たという感じじゃなかった。

改めて、ウメハラって面白い存在だなと思った。
そして同時に、自分も少し火をつけ直したくなった。

負けたら引退も考えていたウメハラが、なぜ45歳で第2章に入ったのか。
今回は、そのことについて書いてみたい。

この記事を書いた人

運営者のSOSSUです。

アラフォー会社員です。
Fラン卒→就活失敗→フリーター・ニート期を経て、いまはプライム上場企業でECサイト運営をしています。

朝5時台に起きて、筋トレと副業ブログを約3年継続中。
会社の人間関係お金や将来にビビり散らかしてきた側の人間として、「会社だけに人生を握られないように少しずつ人生の主導権を取り戻す」ための考え方や行動を発信しています。

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目次:読みたい部分からどうぞ
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あの日のウメハラは、なぜあんなに特別だったのか

あの獣道は、ただの強い者同士の試合ではなかったと思う。

もちろん形式としては一つの真剣勝負だ。
でも、あの日の空気はそれだけでは説明できない重さがあった。

昔から格闘ゲームを見てきた人間にとって、ウメハラはただの有名プレイヤーじゃない。
ヒーローでもあるし、青春そのものみたいな存在でもあった。
だからこそ、あの勝負には、ただの一試合以上のものが乗っていたんだと思う。

しかも今回は、今まで以上に厳しい相手だった。
スト6で少し苦しんでいたウメハラと、若さも経験も実績も噛み合った世界王者MENA。
冷静に見れば、今までで一番厳しい勝負だったかもしれない。
だからこそ、あれは余計に重かった。

その前提があったうえで、獣道当日のウメハラは、やっぱり特別だった。

ライブ会場で観客を背にアーケードスティックを握る格闘ゲーム選手の後ろ姿
あの日の獣道は、ただの試合ではなく、会場全体が”物語”の続きに賭けていた。(画像はイメージです)

獣道当日のウメハラは、久しぶりに“あの頃の顔”をしていた

まず、雰囲気が違ったんだよね。

最近の配信で見せるウメハラって、いい意味でも悪い意味でも、ちょっと身なりに無頓着なおもしろオジサンみたいな空気があったじゃないか。
もちろん、ああいう自然体のウメハラも嫌いじゃない。
でも、獣道当日は明らかに違った。

痩せて、シュッとしていて、目に殺気があった。
久しぶりに、あの頃のウメハラが戻ってきたように見えた。

ただ懐かしいという意味じゃない。
「ああ、まだこの人はこういう顔ができるんだ」と思った。
年齢を重ねて、配信もして、普段は少し丸く見えることもある。
でも、本物の勝負の前に立つと、やっぱり空気が変わる。

あの日のウメハラには、それがあった。

しかも今回は、ただのイベント出演者としてそこにいたわけじゃない。
負けたら一区切りになるかもしれない。
そんな重さを背負って、あの舞台に立っていた。

だから、余計に特別だったんだと思う。
ただの“かっこいいレジェンド”じゃなくて、まだ勝負の匂いがする人間としてそこにいた。
それが、まず痺れた理由だった。

「今日が全盛期だから」「勝ったら誇っていいよ」に、保険は一つもなかった

そして、あの言葉だよね。

「来月45になるけど、今日が全盛期だから」
「勝ったら誇っていいよ」

これには本当に痺れた。
保険が一つもなかった。

普通なら言い訳を置きたくなる場面だったと思う。
年齢もある。
最近の戦績もある。
相手は世界王者で、しかも年齢差は約20。
周りだって、さすがに厳しいんじゃないかと思っていた。

そんな状況で、「今の俺に勝ったって別に大したことないよ」と逃げることもできたはずだ。
実際、そういう保険をかける人の方が自然だと思う。

でも、ウメハラはそれをしなかった。
むしろ逆だった。

今日が全盛期だと言い切る。
勝ったなら誇っていいと言い切る。

あれって、自分を大きく見せるための強がりじゃないんだよね。
むしろ、相手への敬意でもあると思った。

もしMENAが勝っても、
「ピークを過ぎた元レジェンドに勝っただけでしょ」
みたいな空気が少しでも残ったら、それは勝者にも失礼じゃないか。

だから先に全部断っている。
今の自分に勝つなら価値がある。
そう言い切ることで、相手の勝ちの価値まで守っている。

あそこが本当にかっこよかった。

そして、何よりすごいのは、それを言っても嫌味にならないことだ。
それまで積み上げてきたものがあるから、あの言葉に重みが出る。
「あ、この人は本気でそう思ってるんだな」と感じられる。

保険をかけないって、言葉で言うのは簡単だ。
でも、本当にやるのは難しい。
あの年齢で、あの立場で、それをやれるからウメハラなんだと思った。

あの獣道は、俺たちのウメハラ神話がまだ終わっていないと信じる戦いだった

あの獣道が重かったのは、単にビッグマッチだったからじゃないと思う。

昔から格ゲーを見てきた人間にとって、ウメハラってやっぱり特別なんだよね。
ただのトッププレイヤーじゃない。
もっと大きい。
ヒーローというか、青春というか、格ゲーそのものの象徴みたいな存在だった。

しかもウメハラは、長い準備期間を経て挑む勝負や、長期戦の勝負で、ずっと異様な強さを見せてきた。
シエン、インフィル、ときど、ももち。
そういう強敵たちと戦ってきて、そのたびに神話を更新してきた。

だから、どこかでまだ信じていたんだよね。
今回も、もしかしたら見せてくれるんじゃないかって。

ただ同時に、今回は今までで一番厳しいだろうとも思っていた。
そこが、今回の獣道の重さだったと思う。

スト4の頃は、総合的に見ればやっぱりウメハラが最強だろうという空気があった。
スト5では結果が出にくくなっても、それでもトップの一角だった。
でもスト6では、さすがにトップオブトップの集団から少し落ちて見えていた。

一方のMENAは、若さも経験も実績も全部揃っている世界王者だ。
冷静に見れば、今までで一番厳しい相手だったと思う。

だから、なおさらだった。

これで負けたら、本当に終わってしまうのか。
ウメハラ神話も、俺たちの青春も、ここで一区切りなのか。
そんな気持ちが、あの試合には乗っていた。

だから自分は、あの獣道はただの勝負ではなく、
俺たちのウメハラ神話がまだ終わっていないと信じる戦いだった
と思っている。

事実、負けたあとにはすごい喪失感があった。
それは単に応援していた選手が負けた、というだけじゃない。
自分の中の何かが一区切りしてしまったような感覚だった。

それくらい、あの勝負には重みがあった。
そしてそれくらい、ウメハラという存在は大きかったんだと思う。

ウメハラが苦しんでいたのは、身体的な衰えより“熱が戻らないこと”だった

今回の獣道の話が、ただの再起エピソードで終わらないのはここだと思う。

ウメハラが苦しんでいたのは、単純な年齢の問題だけじゃなかった。
もちろん、45歳という年齢を考えれば、反応速度とか体力とか、そういう話はどうしたって出てくる。
実際、周りもそこを見ていたと思う。

でも、本人の振り返りを聞いていると、もっときつかったのはそこじゃない。
ウメハラ本人が一番しんどかったと語っていたのは、昔みたいな熱でやれなくなっていたことだった。

ウメハラが本当に苦しんでいたのは、「もう若くない」ことではなかった

年齢を重ねると、どうしても外からは“衰え”の話をされる。
反応が落ちたとか、若手が伸びてきたとか、もう全盛期ではないとか。

もちろん、それは現実としてあるんだと思う。
どんな競技でも、年齢と無関係ではいられない。

でも今回の話を聞いていて思ったのは、ウメハラ本人が一番苦しんでいたのは、そういう外から見える衰えそのものではなかった、ということだ。

本人が語っていたのは、若い頃みたいに内側から熱が湧いてくる感覚が、もうそのままでは戻ってこないことだった。
14歳の頃からゲームにのめり込み、年間363日ゲーセンに通っていた時期の熱は、さすがに同じ形ではもうない。
そこにずっと悩まされていたという。

これ、めちゃくちゃわかるんだよね。

年齢を重ねてくると、体力が落ちることより、昔みたいに熱くなれないことの方が怖かったりする。
好きだったはずなのに、前みたいな勢いが出ない。
勝ちたい気持ちはある。責任もある。やめたくもない。
でも、あの頃みたいな熱量ではやれていない。

それって、かなり苦しいと思う。

ただ衰えるだけなら、まだ受け入れようがある。
でも、自分の中の火が弱くなっていく感じって、もっとじわじわ効く。
たぶん、今回のウメハラがしんどかったのはそこだった。

「勝ちたい」では足りなくて、「負けるわけにいかない」が必要だった

今回の獣道の話でいちばん痺れたのは、この違いかもしれない。

ウメハラは、ここ何年かの自分の取り組みを振り返って、
普段は「勝ちたい」「勝てればいいな」「いつか勝てるだろう」くらいの気持ちでやっていた、と語っている。
でも今回は違った。
「負けるわけにいかない」 という気持ちでやっていた。

この差って、とんでもなく大きいと思う。

言葉にすると少し似ている。
でも実際は、まったく違う。

「勝ちたい」は願望だ。
「負けるわけにいかない」は覚悟に近い。

同じ練習をしても、そこから吸収できるものが変わる。
同じ対戦をしても、そこから得られる栄養が違う。
ウメハラ本人も、そこをかなり強く感じていたんだと思う。

そして、その感覚が戻ったときに、若い頃のことを思い出している。
昔は毎日、「負けるわけにいかない」と思いながらゲーセンに通っていた。
金もかかっていない。大会があるわけでもない。
でも、毎日その気持ちでやっていた。
そりゃ強いよな、と自分で思い出している。

これも、すごくわかる。

人って、同じことをしていても、気持ちが違うと中身がまるで変わる。
なんとなくやっている時期と、本気でそこに賭けている時期では、吸収も集中も深さもまるで違う。

たぶん、ウメハラは今回の獣道で、勝負の怖さだけじゃなくて、本気で賭ける感覚そのものを取り戻したんだと思う。

だからこそ、引退を考えるところまで行っていたんだと思う

今回の話で重かったのは、ウメハラが本気で「負けたら競技は終わりでいい」と考えていたことだ。

これは軽い発言じゃなかったと思う。
本人の話を聞いていても、かなり腹の中で決めていた感じがある。
SFLに出るのもやめようと思っていたし、その後どうしようかまで、うっすら考えていた。

でも、それは単純に「もう勝てないから」ではなかった。
本人が語っていたのは、若い頃のような気持ちでやれないことへの苦しさだった。
年齢から来る衰え以前に、自分の中で「これがベストだ」と思える取り組み方と、実際のモチベーションが噛み合っていなかった。
そこに、かなり絶望していたんだと思う。

これ、かなりリアルだ。

人って、ただ結果が落ちたから終わりたくなるわけじゃない。
むしろ、自分の中で納得できる熱量や取り組みができなくなった時に、終わりを考えるんだと思う。

だから今回のウメハラの話って、ただの勝負論じゃない。
年齢を重ねた人間が、一度は自分の終わりを考えた話でもある。

そして、だからこそ、そのあとに起きた変化が余計に重い。

引退を考えるところまで行った人間が、そこから逆に火をつけ直された。
ここが、今回の物語の本当にすごいところなんだと思う。

獣道で、ウメハラはもう一度“負けられない人”に戻った

今回の獣道が面白いのは、ここからだと思う。

普通なら、引退を考えていた人間が、大一番で負けたら、そのまま終わりに向かうはずだ。
本人も、少なくとも試合前まではそういう腹だった。

でも、実際に起きたことは逆だった。

負けた。
それなのに、終わらなかった。
むしろ、そこから火がついた。

ライブ会場でアーケードスティックを操作する選手の手元と緊張感のあるステージ照明
勝ちたい、ではなく、負けるわけにいかない。(画像はイメージです)

獣道前のウメハラは、久しぶりに“本物の勝負”の中にいた

獣道前のウメハラの状態って、ほとんど異常だと思う。

食欲が落ちて、ダイエットが苦じゃなくなった。
原因不明の高熱まで出た。
前日は、歩いているだけなのにずっと対戦中みたいなメンタルだったという。

普通なら、しんどい、苦しい、やめたい、で終わりそうな状態だ。
でも本人は、そのストレスの強さの中で、
「生きてるって最高だな」
「戦うってやっぱいいな」
と感じていた。

ここがすごい。

ただ消耗しているんじゃない。
本物の勝負の中に、ちゃんと生きている。
その苦しさすら、どこかで歓迎している。

ああ、やっぱりこの人は勝負の人なんだなと思った。

ラスト1〜2週間で、ウメハラは「俺いま強い」と感じていた

これも、かなり重要だと思う。

ウメハラ本人は、スト6になってから、自分のことを本当に強いと思えたことがなかったと話している。
もちろん、プロの中で戦っている以上、十分強い。
でも、自分の若い頃みたいに、周りより一段抜けている感覚、自分はいま強いと感じる感覚は、もうずっとなかったという。

ところが、獣道前のラスト1〜2週間で、それが戻ってきた。

「俺いま強いじゃん」
そう思えたらしい。

しかもそれは、単にブランカ豪鬼の組み合わせに慣れたとか、練習量が増えたとか、そういうことだけじゃなかった。
もっと感覚的なものだった。

この感じだよ。そう思える感覚が、久しぶりに戻ってきた。

結果だけ見れば、試合には負けている。
でも、その前の段階で、自分の中では確かに何かを取り戻していた。
この時点で、もう今回の獣道はただの敗戦ではなくなっていると思う。

負けたのに終わらなかった。そこから“第2章”が始まった

そして、いちばん痺れるのがここだ。

負けたら競技は終わりでいい。
そう思っていた人間が、実際に負けた。
だったら普通は、そのまま終わるはずだ。

でも終わらなかった。

ウメハラは獣道後、悔しさというより、ワクワクが戻ってきたと語っている。
このままで終われない、というだけでもない。
もっと前向きに、続きがあると思えた
本人の言葉で言えば、「第2章が始まった」 という感覚だった。

これ、めちゃくちゃすごいよね。

一度は終わりを考えていた。
でも、本気の勝負をしたことで、昔の感覚を思い出した。
しかも、勝ったからじゃない。
負けたからこそ、逆に火がついた。

ここが今回の獣道の本当の価値なんだと思う。

ただの勝敗なら、MENAが勝ったで終わる。
でも、物語として見た時に、あの獣道はそこで終わっていない。
むしろ、ウメハラにとっては、そこから始まっている。

だから、あの勝負は負けてもなお、重かった。
そして、だからこそ、こちらも希望を感じてしまう。

終わりかと思ったところから、もう一度火がつくことがある。
45歳でも、まだ次の章に入ることがある。
そのことを、あの獣道は見せてくれたんだと思う。

45歳の第2章が、僕らにもまだ終わっていないと教えてくれる

今回の話を聞いていて、いちばん大きかったのはそこかもしれない。

ウメハラは特別な人だ。
積み上げてきたものも、背負っているものも、影響力も、普通じゃない。
だから、そのまま真似できるわけではない。

でも、それでもなお、今回の獣道の話がここまで刺さるのは、そこに僕らの人生と重なる部分があるからだと思う。

昔ほど熱くなれない。
モチベーションが落ちる。
年齢とともに、少しずつ守りに入っていく。
でも、本当はまだ終わりたくない。

この感覚って、格ゲーに限らず、40代以降の人間にはかなり普遍的なものなんじゃないかと思う。

だから、ウメハラが45歳で第2章に入ったという話は、ただの有名人の再起じゃない。
こっちにも、まだ終わっていないと教えてくれる話なんだよね。

40代になると、日常で感情が揺さぶられることが減ってくる

これはたぶん、多くの人が少しずつ感じていることだと思う。

若い頃って、もっと感情が激しく動いていた。
悔しいとか、嬉しいとか、憧れるとか、負けたくないとか、そういうものにもう少し素直だった気がする。

でも、年齢を重ねると、だんだんそういう感情が表に出にくくなる。
現実も知るし、自分の限界もなんとなく見えてくるし、無理に熱くなるのも少し気恥ずかしい。
良くも悪くも、落ち着いてしまう。

それは成熟でもあるんだけど、同時に、少し寂しくもある。

だって、本気で何かに痺れたり、感情を揺さぶられたりすることって、日常の中では本当に減ってくるからだ。

今回、自分がウメハラの勝負にあれだけ揺さぶられたのは、たぶんそこなんだと思う。
久しぶりに、熱いものを見た。
久しぶりに、まだこんな感情が自分の中に残っていたんだと思えた。

それだけでも、かなり価値があった。

昔ほど熱くなれなくても、もう一度火がつくことはある

今回のウメハラの話で、一番希望になったのはここだった。

若い頃みたいな熱は戻らない。
そう本人も悩んでいた。
そして、そこまで行ったからこそ、一度は引退まで考えていた。

でも、そこで終わらなかった。

本物の勝負の前に立って、若い頃の感覚を少し取り戻した。
ラスト1〜2週間で、自分の中の火が戻ってくる感覚があった。
そして負けたあとにすら、ワクワクが残った。
そこから第2章が始まった。

これ、かなり救いがある話だと思う。

人って、一度熱が弱くなると、もう戻らない気がしてしまう。
昔の自分には戻れない。
もうピークは過ぎた。
これからは少しずつ下り坂なんだろう。
そう思いやすい。

でも、そうとは限らないんだよね。

まったく同じ熱ではないかもしれない。
20代の頃みたいな勢いではないかもしれない。
でも、年齢を重ねたあとにしか入れない“次の章”はあるのかもしれない。

今回のウメハラを見ていると、そう思わされた。

朝の川沿いを前に向かって歩く男性の後ろ姿と、静かな都市風景
第2章は、派手に始まるとは限らない。

だから僕らも、まだ終わった側の人間にはならなくていい

今回の獣道を見たあと、自分の中に残ったのは、単なる感動だけじゃなかった。

まだ終わっていないんだな、という感覚だった。

もちろん、自分はウメハラじゃない。
格ゲーのレジェンドでもないし、世界王者と戦うわけでもない。
でも、だから関係ないとは思えなかった。

大事なのは、同じことをやることじゃない。
まだ自分の人生にも第2章がありえると感じられることの方だった。

昔ほど熱くなれない時期があってもいい。
少し停滞してもいい。
一度、自分の終わりを考えるような時期があってもいい。

でも、それで本当に終わりとは限らない。

もう一度火がつくこともある。
もう一度、本気になれる瞬間が来ることもある。
そして、その火は20代の頃とは違う形でも、ちゃんと人生を前に進めてくれるのかもしれない。

今回のウメハラの話を見て、自分はそこにいちばん希望をもらった。

40代以降って、どうしても“失っていくもの”に目が向きやすい。
でも、本当はそこから始まるものもあるのかもしれない。

そう思えただけでも、この獣道には十分すぎる価値があったと思う。

おわりに

ウメハラみたいな人生を、そのまま真似することはできない。

積み上げてきたものも、背負っているものも、戦っている舞台も、当然まったく違う。
でも、それでも今回の獣道がここまで刺さったのは、そこに自分たちの人生とも重なるものがあったからだと思う。

昔ほど熱くなれない。
そう感じる時期は誰にでもあるのかもしれない。
でも、それで終わりとは限らない。
むしろ、年齢を重ねたあとにしか入れない次の章があるのかもしれない。

引退を考えていたウメハラが、負けたあとに第2章へ入っていった。
その事実は、やっぱり強い。

ピークは、若い頃に一度来て終わりとは限らない。
45歳でも、もう一度更新できる。
そのことを、今回の獣道は見せてくれたんだと思う。

自分も、ピークはまだ先にあると思っている。
だからこの話は、ただ感動したで終わらなかった。
まだ伸びていけるし、まだ更新できる。
その感覚を、ウメハラの第2章がもう一度強くしてくれた。

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